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ロッカールームのドアを開けると誰かが懐古病の話をしていた。
「牧野さんが罹ったって」
軽いうちは「あの頃は良かった」などと呟くだけ。そのうち古いアルバムを開いてみたり、昔好きだった音楽を聴きまくったり。気づいたときには手遅れで、懐かしさの海に溺れていくのだ。
「この連休で重症化したって。動画サイト見まくったせいで末期」
末期になると糸を吐くように止めどなく懐かしい話を繰り返し、仕事どころか生活も立ちゆかず社会問題化している。
「テレビの再放送規制だけじゃなくって、ネットもどうにかすればいいのに」

憂鬱な気持ちで帰った。姉の部屋からは相変わらず賑やかな音楽が聞こえる。この一ヶ月ずっとこうだ。ドアを開けると部屋中を、姉の口から吐き出される懐かしい話が渦を巻いて回っている。綿飴みたいなそれは、姉を覆って、包んで、そのうち繭になるのだろう。
ふわふわを手で巻き取ってひと口食べた。甘さが憎かった。
その他
公開:20/10/21 19:03

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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