知ってる顔

　通勤電車で見慣れている顔なので、知り合いかと思って会釈をしてしまった。通り魔現場の、野次馬の中でのことだ。
　戸惑いながらも会釈を返してくれる。名前も知らないのにありがたいことだ。声を掛けようか悩んでいる内、人混みに紛れて見失ってしまう。
　次の日電車で会うと、向こうから笑顔で会釈をくれた。嬉しくなって、私も笑顔で会釈を返す。言葉を交わさなくとも、これだけの交流で暖まるものもある。
　帰宅途中、また騒ぎの現場に遭遇した。銀行を出たところでひったくりがあったらしい。心配気な顔を作って覗いてみると、同じ顔をして覗いている例の人と目があった。苦笑いをして会釈をする。
　帰ると、自宅が燃えていた。警察によると、連続放火事件の三件目だとか。途方に暮れる。
　公民館に泊まることになり、換気のために窓を開けた。向かいの家でも窓を開けている人がいる。目が合う。苦笑し、会釈。
　多分、悪縁と言うのだろう。