ゆかり宿

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「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
宿帳に自分の名ともう一つ名を記す。
「本日、お部屋は常世の間をご準備させていただきました。どうぞ、ごゆっくり逢瀬くださいませ」
もう一度縁を結び直したい、縁を断ち切りたい。様々な思いを抱えて皆この宿を訪れる。隣で宿帳を記入している若い男性は復縁の間に案内されていた。縁切りの間からは、やけにスッキリとした笑顔で年老いた女性が出てきた。
私は部屋で夕食を済ませると、浴場で身体を清めた。縁と静かに向かい合う時間を持つことで、気持ちが整理され宿泊せずに帰って行く者も多くいる。
部屋へ戻ると布団の用意がされていた。明かりを消して布団に入って目を瞑ると、懐かしくも耳障りないびきが聞こえた。どうしても聞きたいことがあったはずだったのだが、あの人との縁を確認したかっただけなのかもしれない。夜が明ける少し前、ゴツゴツとした大きな手が優しく額に触れて消えた。
その他
公開:20/10/20 18:01

むう( 地獄 )

人間界で書いたり読んだりしてる骸骨。白むうと黒むうがいます。読書、音楽、舞台、昆虫が好き。松尾スズキと大人計画を愛する。ショートショートマガジン『ベリショーズ 』編集。そるとばたあ@ことば遊びのマネージャー。

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