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散歩中、一面に青む狗尾草(えのころぐさ)の中に、褪せた朱赤が取り残されてありました。
小さな鉄枠に、手回しのハンドルと巻上げ扉。農業用水の水門でした。
私の記憶する限り、とうに撤去したはずのもの。ここが水田だったのは、私の祖父が存命の頃ですから、もうふた昔も前です。当時の稲作はとかく人手が要り、何をするにも家族総出で一日仕事でした。祖父の没後、先祖伝来の田は休耕となり、やがて荒れ放題の草原に変わってしまいました。
苦労した記憶しかないのに、離れてしまうと、無性に懐かしいのはなぜでしょう。錆の浮いたハンドルを掴み、片手一杯に捻りました。ハンドルが小さく軋んで、まるで堰を切った様に――どう、と風が正面から吹きました。
狗尾草の穂は金色に揺れ、乾いた泥と日向と、むせ返る様な草いきれと。それは確かに、皆で必死に刈った、あの見渡す限りの稲穂の匂いでした。
節くれた指の感触が、頭を撫でて過ぎました。
小さな鉄枠に、手回しのハンドルと巻上げ扉。農業用水の水門でした。
私の記憶する限り、とうに撤去したはずのもの。ここが水田だったのは、私の祖父が存命の頃ですから、もうふた昔も前です。当時の稲作はとかく人手が要り、何をするにも家族総出で一日仕事でした。祖父の没後、先祖伝来の田は休耕となり、やがて荒れ放題の草原に変わってしまいました。
苦労した記憶しかないのに、離れてしまうと、無性に懐かしいのはなぜでしょう。錆の浮いたハンドルを掴み、片手一杯に捻りました。ハンドルが小さく軋んで、まるで堰を切った様に――どう、と風が正面から吹きました。
狗尾草の穂は金色に揺れ、乾いた泥と日向と、むせ返る様な草いきれと。それは確かに、皆で必死に刈った、あの見渡す限りの稲穂の匂いでした。
節くれた指の感触が、頭を撫でて過ぎました。
ファンタジー
公開:20/10/17 21:58
更新:20/11/05 00:20
更新:20/11/05 00:20
散歩道で見た
シーズン3-③
記憶の中の金色
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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