アメンボアカイナアイウエオ

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 彼女の背中が扉の向こうに消えました。呼び止める声はもう届きません。わたしは放課後の屋上に一人取り残され、失った存在の大きさに呆然としていました。涙を堪えようと真っ青な空を見上げた視界に、フワリと影が貼りつきました。それはアメンボウに似ていました。四本の足先がツイツイと瞳の上を滑るたび、涙が水輪に揺れました。アメンボウはたくさんいました。水輪と水輪が重なったり、さらに複雑な文様を描いたりする向こう側で、空もまた不確かに揺れました。私は両手を天に差し伸べました。するとアメンボウの水面はどんどん遠ざかっていきました。ゆっくりと落ちていく感覚は不思議な浮遊感をもたらし、辺りはとても静かでしたが、突如、演劇部の「アメンボアカイナアイウエオ!」が響くと平安は破れ、アメンボウたちは一斉に飛び立ちました。その時、表面張力も一緒に破れたのでしょう。私の両目からは、堰を切ったように涙が溢れ出したのでした。
青春
公開:20/10/18 09:16
宇祖田都子の話

新出既出

星新一さんのようにかっちりと書く素養に乏しく、
川端康成さんの「掌の小説」のように書ければと思うので、
ショートショートとはズレているのかもしれないです。
オチ、どんでん返し、胸のすく結末。はありません。
400文字、おつきあいいただければ幸いです。

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