澄ませば尊し

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「君ならうまく使ってくれるだろう」
青年が恩師から贈られた聴診器は、心音と共に体の声が聞けるという不思議なものだった。
―胃が危ない
―腎臓が問題だ
やがて名医と評判になった青年は、次第にその地位と名声に溺れるようになっていった。

ある日のこと、青年はふと自分の胸に聴診器を当ててみた。
―貧乏人は来るな
―診てほしきゃ金包め
―俺を誰だと…

「やめろおおおお…っ!」
青年は聴診器を引き毟ると床に叩きつけた。勢いで体が書棚にあたり、一冊の本が鈍い音を立てて床に落ちる。
それは元々恩師のものだった。学生時代、満点ならその本をくれと青年が賭けを挑んだのだ。勝負に負けた恩師は「畜生、買い直しか」と笑った…

青年は這って聴診器を拾い、わななく手で本に当てた。

―大丈夫
―まだ間に合う
―君ならきっと…

「先生…!」
青年は肩を震わせながら、静かな恩師の声にいつまでも耳を澄ませ続けていた。
その他
公開:20/10/17 16:33
更新:21/08/26 11:48
縁コンテスト #5 一応 学生時代 恩師と本を賭けたのは実話 実際には負け続けました(笑) 注:医学部卒じゃないです(汗)

秋田柴子

2019年11月、SSGの庭師となりました
現在は主にnoteと公募でSS~長編を書いています
留守ばかりですみません

【活動歴】
・東京新聞300文字小説 優秀賞
・『第二回日本おいしい小説大賞』最終候補(小学館)
・note×Panasonic「思い込みが変わったこと」コンテスト 企業賞
・SSマガジン『ベリショーズ』掲載
(Kindle無料配信中)

【近況】
 第31回やまなし文学賞 佳作→ 作品集として書籍化(Amazonにて販売中)
 小布施『本をつくるプロジェクト』優秀賞

【note】
 https://note.com/akishiba_note

【Twitter】
 https://twitter.com/CNecozo

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