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私は買ったばかりの林檎の皮を剥きながらそれが本当に林檎なのか、確信を持てずにいました。
その林檎は浜辺に漂着した小さな本屋の店先で売られていました。浜辺には他に廃校になった小学校や、閉じてしまったガソリンスタンド、引退したサラブレッドなどが流れ着いていて、不意に休み時間のチャイムを鳴らしたり、洗車マシンを起動させたり、枯れたハマナスを食んだりしていました。夕暮れに皆で打ち寄せる波を眺めていたら、急に秋が沁みるので、私たちは身を寄せ合って話をしました。
小さな本屋は漂流しながらもずっと営業を続けてきたそうです。林檎は店頭の日焼けした歴史書の上にあって、漆と太陽を交互に塗った古代鏡のような光沢には、手に取らねばこちらの魂が奪われてしまう、そんな美しい恐れを感じました。
その永遠という名の林檎は思い出のように甘くて、道半ばで倒れた過日の無念を伝えます。私は誰かの人生を剥いてしまったのでしょうか。
公開:20/10/14 14:25
更新:22/01/24 23:38

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