急行列車「ゆかり」

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気がつくと急行の車内だった。居眠りをしてしまったようだ。薄紫の座席はまばらに乗客が座り、空席が目立つ。

「娘に会いに行くんですよ」

老婦人が丸眼鏡の奥、柔らかな目を細め言った。僕は微笑み返す。

トンネルを抜け、光と共に向かいの車窓から地元の風景が現れた。居眠りの間に、ずいぶん遠くまで来たようだ。

景色が万華鏡の様にみるみる姿を変えてゆく。

自転車を漕ぐ学生服の青年。その先の坂は急だが、難なく登っている。

中学校のグラウンドを走る少年。遠くなのに滴る汗まで鮮明に見える。

ランドセルの少年は友達と笑いながら歩いている。列車が通ると、ふとこちらを見上げた。

腕に抱かれた幼い赤子の僕。泣き声とは裏腹に幸福そうな両親の表情。 

「ああ、あれはすべて僕だ…。」

列車「ゆかり」は、乗客の人生ゆかりの地を巡る列車だ。

少し惜しむような気持ちで、ぼくは終点までの間、車窓を眺めた。
その他
公開:20/10/11 11:50

空津 歩( 東京在住 )

空津 歩です。

ずいぶんお留守にしてました。

ひさびさに描いていきたいです!


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