空耳の牛

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夏の早朝の空に牛の声が聞こえたが、住宅街に聞くものはいない。小学生の男の子が道を走って、砂ほこりの小路を曲がって小さな倉庫に入った。古びた機械や油まみれの金属類が雑多にある。彼は一隅にある木箱を確かめる。配管パイプ数本と電球と自転車部品がいくつか。電球を手で包むと中身を数える。新しく持ってきた牛の声を出す玩具を入れた。男の子はそれらを組み立てていつかロボットを作る計画だった。ロボットには何が必要なのか知るはずもなく、路上でみつけたものを集めた。そうすれば彼のロボットができるはずだった。
夏が過ぎた。次の年の夏が過ぎて倉庫は壊されてマンションの建設が始まった。男の子は箱もロボットもいつか忘れていた。子供の夢中なことが波が引くように消えるのは珍しくはない。
月日が経って、マンションの一室に彼は夜遅くまで机に向かう受験生であった。夜の空から牛の声が聞こえたとしてもそれは空耳であった。
その他
公開:20/10/10 16:52

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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