悲願花

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ゆかりヶ丘にだけ生息する植物がある。赤い花で、見た目は彼岸花のようだが「悲願花」と呼ばれている。
一生に一度だけ悲願花に願い事を囁くと、必ず叶うといわれている。その噂を聞きつけて一人の老婆がゆかりヶ丘に赴いた。
ちょうどお彼岸の季節ということもあってか、辺り一面に悲願花が咲き乱れて赤一色だ。
老婆が願い事を囁き始めると、急に景色が変わった。
老婆は河原に立っており、霧に包まれた川を渡って一艘の小舟が老婆の方へ向かって来た。徐々に小舟が近づいて来ると、青年が漕いでいた。
老婆は涙を浮かべながら青年に声をかけた。
「やっと、あなたに逢えました。もうすぐ私もあなたのところに向かいますので待っていてください」
青年は微笑みながら無言で頷いた。
すると、景色は元に戻った。
この青年は、老婆がまだ若かったころに結婚した相手で、そのあと戦死していた。
ゆかりヶ丘に一陣の風が吹き、悲願花がふわりと揺れた。
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公開:20/10/09 19:37
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SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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