恋に落ちるとき

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坂の途中で目の前に広がるうろこ雲に目を奪われた。立ち止まると背中に君がぶつかった。茜色に染まったうろこはゆっくりと流れ、やがて巨大な魚がその姿を現した。僕らはふたりぽかんと口を開け悠々と泳ぐ姿に見惚れて立ち尽くす。不恰好な顔をしたそれはいつか写真で見た深海魚に似ている。
ーほんとはこの惑星は、深海に沈むただの石ころかも知れない。
僕がそう呟くと君は、だから息苦しいのねと消えそうな声で応えた。

街は夜に沈む。魚は尾で空を弾いて飜る。重力を振り切って。夕陽の色を残したうろこがはらはらと落ちて空を滑る。掴もうと手を伸ばした僕をすり抜け、あらかじめ決められていたかのように君の元へ。両手で受け止めた輝く丸いうろこがふたりの顔を照らす。
見つめるうち君の手のひらでそれは静かに回り始める。
君の吐息が聞こえ、僕はそっと盤面に指を滑らせる。
指先から音が泡立つ。絡み合いながら空へ渡る素敵なハーモニー。
ファンタジー
公開:20/10/09 17:19

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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