アパート

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大家はとても嫌な顔をしていた。
そりゃそうか、と僕は思う。「明日取り壊すアパートの部屋を見せて下さい」なんて言われたら、僕だって眉間に皺が寄る。
貸してもらった鍵を挿す。酷く軋んだ音を立てて扉が開いた。
部屋には当然ながら何も置いてなかった。壁紙も床板もあの日のままだった。物だけが無くなっていた。
部屋の中央に、黒い大きな染みがあった。君は、夏から秋にかけて、そこでゆっくりと腐乱した。
寝そべった。ひんやりとした床の温度が、頬に吸い込まれる。呼びかける。何も、聞こえない。ただ、枯木の揺れる音だけがした。
幽霊が出る、なんて言われてたから、少しだけ期待していた。所詮、部屋はただの部屋で、染みはただの染みだった。床が、濡れていた。これもただの塩水だ。
外へ出る。あの日と同じ、抜けるような秋晴れが広がっていた。
僕はゆっくりとアパートから離れた。足下で、楓の葉がくしゃくしゃと鳴った。
青春
公開:20/10/10 13:21
たるたるSS

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