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生憎の空で星は見えなかったが、集まった人々の笑顔は自然な優しさに彩られていた。川辺にはリコリスの紅い花が咲いている。
「おめでとう」
折り重なる声が向かう先には、上品な着こなしの老夫婦が居た。老婆は洋風アンティーク調の肘掛け椅子に腰をつけ、隣には老人がステッキを片手に立っている。二人はにこやかに微笑んだだけで、言葉は足さなかった。

風が吹き、リコリスの花が一斉に揺れた。
「行ってしまった」
誰かがそう呟いた時、二人の姿はもうどこにもなかった。

ぞろぞろと解散していく人々の中に、まだ幼い少女が居た。
「もう会えないの?」
彼女はそう言って上を向いた。目を合わせた髭面の男は寂しそうに頷いた。
「嬢ちゃんも、いつかはそこへいくんだよ」
「おじさんも?」
男は答えなかった。

村へと続く森の道の入口で、少女は川を振り返った。
松明の炎を揺らしながら、また船がやって来る。

彼岸の人々を乗せて。
ミステリー・推理
公開:20/10/05 07:00

レオニード貴海( 某海なし県 )

さまようアラフォー主夫

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