海の馬

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白いベッドの上から窓の外の海原を眺めていた。
打ち寄せる白波の狭間に蒼い馬の鬣が見えたような気がして、私は目を凝らした。
幻だろうか。
馬が波間をかけてゆく。
隆々とした四肢をしならせ、鬣を風に靡かせて大きくいなないている。
いつの事だっただろうか。
同じような光景を過去に見たような気がするが、判然としない。
ジグソウパズルのピースが剥がれ落ちるようにこぼれていった記憶の欠片。今の私にそれが如何程残されているのだろうか。
「辰さん…」
ベッドの脇に座る老いた女が誰かの名前を呼ぶ。慈しみと優しさに満ちた声だと感じる。ボンヤリと声に手を伸ばすとギュッと握られる感触があった。
「馬が……いるんだ」
「波を駆けて」
「きっと迎えに行くんだ」
「つがう相手を」
「好きな女を」
「雄々しい身体を震わせて」
とうに声は出なかった。
だけど私は、自分の手を握る女を見て、きっと馬は幸せになれたのだと思った。
公開:20/10/02 22:33
更新:20/10/02 23:03

エビハラ( 宮崎県 )

平成元年生まれ、最近はショートショートあまり書いていませんでした汗
ログインできてよかったぁ…

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