ジャズはお静かに（５）ファイの危機　～オフィスφシリーズ～

河原町純は言った。
『兄を無実の罪で殺しておいて、よくのうのうと生きていられるわね』
俺は黙って聞いていた。
『私の本名は錦小路あやめよ』

その名字は覚えている。錦小路健一郎の妹か。集団汚職事件に巻き込まれて自殺した男だ。俺はその摘発のきっかけを作ったのだ。錦小路健一郎からも相談を受けた案件だった。

車が急停止する音が聞こえピンポン音が鳴った。芽衣、出るなよ。俺の部屋にこもったままでいるように願った。

『玄関を開けなさい』河原町純＝錦小路あやめが命令した。
俺は両手を挙げたまま玄関に行き、鍵を開けた。ケリー丸山が立っていた。
「間も無く警察が来る。それまでに殺ってしまおう」
『待って、女がいるわ』
「彼女は帰ったよ。紅茶を入れた後でね」俺は嘘をついた。
『ホントかしら？』薄笑いを浮かべたあやめは美しかった。

アールグレイにオレンジピールは危険な女を意味する符丁だ。芽衣の勘は鋭敏だ。