記憶時計

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「カタチじゃないんじゃよ」

じいちゃんは言った。まるで自分に言い聞かせるように。
僕は何も言えなかった。
じいちゃんの瞳の奥に映るものがとても懐かしく、温かいもので、それが何なのかわかっていた。けれどそれについてあえて言うのは無粋だからだ。

記憶を思い出として残したい人々の救いとなった時計が、当たり前のように普及した世の中。“忘れたくない”記憶を封じ込めてくれるこの時計。ただし対価として自分の寿命を差し出さなければならない。
じいちゃんは大事な記憶だからとおばあちゃんと歩んできた記憶をこの時計に納めようとしなかった。それが自分を蝕む原因と知りながら断固拒否している。

「じいちゃんは、」と言いかけて僕は声を出すのをやめた。

穏やかな笑顔で空を見ながらじいちゃんはこうつぶやいた。

「あぁ、ばあさんの好きだった空じゃ」

じいちゃんの瞳から透明のしずくが落ちた。
ファンタジー
公開:20/09/30 17:00
更新:20/09/30 16:58
思い出 記憶

清水えまい( 東京 )

以前から書いてみたいと持っていたショート×ショート。
ようやく書き始めることができました。
自分自身楽しみながら執筆できたらなと思います♪

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