落とし物

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 駅のホームで綺麗な緋色の扇子を拾った。
 その日、私は偶々仕事が休みで、昼食のパンを買うために、懇意にしているベーカリーへ電車を使って向かう途中だった。
時間に追われていなかったからこそ、落ちている扇子に目が行き、それを拾ってみようなどとも思ったのだ。
 扇子は実に小さなものだった。落とし物として駅員に渡すにしても、中に何か絵柄が描いてあれば、教えた方がいいだろう、などと勝手なことを考えて、私は扇子を開いてみた。
 途端に、辺り一面に紅葉が咲狂う小川の景色が現れた。川に目をやれば、紅葉の映る水面から艶やかな緋鯉が現れ、パサァッと跳ねると、再び川の中へと消えた。
 私はその光景を茫然と眺めていたが、やがてハッとして扇子を閉じた。途端に、乗る予定だった電車が動き出すのが見えた。
 結局、扇子は駅員に落とし物として渡したが、持ち主が誰なのかは、今でも少しばかり気にかかっている。
ファンタジー
公開:20/12/02 07:47
マジックリアリズム 『幻想日和』

海棠咲

 幻想小説や怪奇小説を自由気ままに書いています。
 架空の国、マジックリアリズム 、怪談、残酷なファンタジー、不思議な物語が好きです。
 そこに美しい幻想や怪奇があるならば、どんなお話でも書きたいと思います。

 アイコンは宇薙様(https://skima.jp/profile?id=146526)に描いていただきました。

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