朝まだきの廊下で

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夜のおわりは朝のはじまり。
住職である夫が寺の掲示板に書いた言葉だ。
冬のある日、こども新聞の取材班が寺にやってきて、その掲示板を見て「あったりまえじゃん」と言った。
私はこどもたちを迎え入れながら「そりゃそうよね」と笑った。
「お坊さんってどんな仕事ですか」
こどもたちの質問に夫は、
「私はいつも朝がはじまることにありがとうを伝えたいのです」
とだけ答えてこどもたちをぽかーんとさせていた。
午前3時。私は蒲団の中で目が醒めて、その言葉を思いながら隣で眠る夫を誇らしく思った。
凍える手で障子戸を開けると、境内には緑青の雪が降り積もったような苔の静寂があって、寝室の畳がその静けさの上澄みだけを呼吸している清々しさを感じる。
夫は奇妙なほどに寝息をたてない人だ。私は本堂に入り、鼾をかく仏様の涎を拭う。それで夫は目を醒ますから。廊下で出会う私たちにおはようはない。ありがとうを日々伝えるだけだ。
公開:20/12/01 11:47

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