前歯と偽月

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「最近、前歯に月が挟まっちゃいまして」
 行きつけのティーハウスの主人である龍樹さんはそう言って、フゥッと溜息を吐いた。
「月ですか?」
 私は驚いて、思わず店の天井を見上げた。その中心はガラス張りになっていて、今は夜空が広がっている。その中心に、満月が浮いているのがハッキリと見えた。
「いや、本物の月が挟まったわけではないんですけどね。強いて言うなら偽月、なのかな?」
 龍樹さんはそう言うと、ニッと白い前歯を見せてくれた。他人の前歯をマジマジと見るのは気が引けたが、一応見てみると、確かに前歯の隙間に丸っこい月らしいものが挟まっている。いや、月そのものだ。小さいながら、クレーターもはっきりと見えている。
「いつからこんなものが?」
「一週間ほど前です。歯医者さんにも診て貰ったんですが、上手く取り出せなくて……」
 龍樹さんはそう言うと、困惑する私をよそに、深い溜息を吐くのだった。
ファンタジー
公開:20/11/30 07:46
マジックリアリズム 『幻想日和』

海棠咲

 幻想小説や怪奇小説を自由気ままに書いています。
 架空の国、マジックリアリズム 、怪談、残酷なファンタジー、不思議な物語が好きです。
 そこに美しい幻想や怪奇があるならば、どんなお話でも書きたいと思います。

 アイコンは宇薙様(https://skima.jp/profile?id=146526)に描いていただきました。

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