歌姫ベアトリスの冥府巡り

　ヴィルモア州のアドレア市内には、リンディス橋という石橋がかけられている。市内中央を流れるグラ川を渡るために、拝陽暦一三三七年にかけられたものだ。
　この橋には実に面白い伝承が遺されている。
　時は拝陽暦一五八三年四月。この年、アドレア市の歌劇場で働いていた歌姫のベアトリスという娘が、真夜中にリンディス橋の上で辞世の歌を披露した。
　彼女は幼い時に両親に売られて劇場で働いていたのだが、嫉妬渦巻く劇場世界と自身の薄幸に嫌気がさし、劇場を抜け出して、グラ川に身を投げようとしていたのである。
　すると、偶々この地に疫病を齎すために訪れていた冥府の女神レイラが、ベアトリスの歌を気に入り、自身の乗る馬車で彼女を冥府へと誘い、死の世界を見せた後に、彼女を死の筆頭歌姫として寵愛したのだという。
　この伝承は「歌姫ベアトリスの冥府巡り」として、今でも多くの人に親しまれている。