幸せの井戸

4
3

 月明かりのきれいな夜のこと、男は井戸の中をのぞきこんで笑っている女に出会った。
 男が見ていることに気づいていない女は、首をどんどん井戸の中に突っ込んでいき、そのうちゲラゲラと笑い始めた。
 男はじっとその様子を眺めていたが、女が立ち去っていなくなると、自分も近づいて、中をのぞいてみた。井戸の底に男の顔が映った。
 しばらくすると井戸の水面がゆらゆら揺れて男が幼いときに見た若かりし頃の母の顔が見えた。次に初めて付き合った女性の顔が見えた。
 男は食い入るように井戸の中を見つめた。離婚したかつての妻の顔が映っていたからだ。
 そうして身の乗り出しすぎた男は井戸の中へと吸い込まれていった。
その他
公開:20/11/23 16:19

天木和

大阪府出身。2005年、堺市自由都市文学賞堺市長特別賞受賞。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容