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散歩中、あからさまに義母の足が重くなった理由を、当時の私は知らなかった。
「帰りましょう」
返事も待たず背を向けた先、大きな樹があった事は記憶している。ツリノキと村の人間は呼んだ。房に連なる実を無数に下げた様子は、釣りより葡萄の房に見えた。
――ドシャッ。
後ろで重く湿った音がした。泥の塊でも落ちた様なそれを、競歩の速度で振り切りながら義母は、口の中で何事か呟き続けた。
念仏だろうと思う。折しも義父の一周忌だった。引きずられて走りながら、私は掌に食い込む爪に耐えていた。
この村に法要の概念も墓地も存在しない理由を、義母の埋葬で知った。
「帰ろうか」
手を繋いで歩く。
――ドシャッ。
首を竦める娘の背中を押し、『夕焼け小焼け』を合唱しながら、二度と戻らない村道を引き返した。
縋る様な義母の眼も、聞こえなかった言葉も、落ちて砕けた『実』が、この先どんな姿に成り果てるかも、一切知らなくていい。
「帰りましょう」
返事も待たず背を向けた先、大きな樹があった事は記憶している。ツリノキと村の人間は呼んだ。房に連なる実を無数に下げた様子は、釣りより葡萄の房に見えた。
――ドシャッ。
後ろで重く湿った音がした。泥の塊でも落ちた様なそれを、競歩の速度で振り切りながら義母は、口の中で何事か呟き続けた。
念仏だろうと思う。折しも義父の一周忌だった。引きずられて走りながら、私は掌に食い込む爪に耐えていた。
この村に法要の概念も墓地も存在しない理由を、義母の埋葬で知った。
「帰ろうか」
手を繋いで歩く。
――ドシャッ。
首を竦める娘の背中を押し、『夕焼け小焼け』を合唱しながら、二度と戻らない村道を引き返した。
縋る様な義母の眼も、聞こえなかった言葉も、落ちて砕けた『実』が、この先どんな姿に成り果てるかも、一切知らなくていい。
ファンタジー
公開:20/11/17 13:42
散歩道で見た
シーズン3‐⑩
吊りの樹
創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
https://amzn.to/32W8iRO
ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。
【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞
いつも本当にありがとうございます!
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