セルロイド製

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セルロイド製の二階建てバスには運転手がハンドルを持つ。並ぶ座席の背に印刷された乗客のイラスト。父がこの玩具を買ってくれたのは、ずっと昔のこと。バスの運転手だった父は仕事熱心で独立して会社を起こし、中規模のバス会社に成長させた。子供の私もバスが好きで運転手に憧れていた。経済成長の時代。大学を卒業し、父の会社に入って仕事に打ち込んだ。やがて父は社長を退き私が継いだ。
今朝は社長室にひとり。最後の社長の椅子。セルロイド製のバスはライトがつく。運転手の笑顔の割れた裂け目からライトが洩れる。時代は変わった。好景気の波は去り、父の死を境に業績が悪化し、ついに倒産に到った。今日が会社の最後の日だ。
まもなく社屋が解体される。セルロイド製のバスは会社とともになくなるのがふさわしい。机の上にバスを置いたまま、私は社長室を出て外に出た。古い社屋に思い残すことはない。解体業者がやって来た。明るい午前だ。
その他
公開:20/11/06 17:12

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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