縁もゆかりもないけれど

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ドミノ倒しのように転けた自転車の群れを眺めて、僕は呆然としていた。朝の駐輪場はしんと静まり返っている。
元に戻さなきゃ、と思い至るまでに時間がかかった。たった一人で自転車を起こす作業は、孤独と罪悪感との闘いだった。
その時、こちらへ近づく足音が聞こえた。足音は僕の近くで鳴り止んだ。音が止まったところを見ると、そこに黒ずくめの女の人が立っていた。黒い長髪、黒いジャケットに黒いジーンズ、おまけに眼鏡の縁まで黒だった。
その人は無表情でこちらを一瞥すると、何も言わずに自転車を起こし始めた。それを見て、僕も慌てて作業を続ける。
倒れた自転車が元通りに並べられて、ほっと安心した。それから僕は、女性にお礼を言った。女性はやはり無言で、会釈だけ済ませてはその場を去っていった。
去り際の彼女の後ろ姿がやけに格好良く見えたことは、今でも強く印象に残っている。
その他
公開:20/11/03 18:33

杜乃日熊( 日本 )

掌編や短編の小説を細々と書いてます。
おかげさまで、いくつかのコンテストで受賞しました。
せっかくの巡り合わせですので、短い小説というものを突き詰めていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いします。

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