月見酒

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都内に隠れ家的なバーがある。秋の期間だけ開店する『月之下』だ。
店内には、満月のように丸い顔の初老のマスターが一人と、カウンター席が五つあるだけだ。メニューも「月見酒」の一品で、その名のとおり月を見る酒だ。
新月、三日月、上弦・下弦の月、満月ーー満ち欠けによって月の形が変化するため、好きな形の月見酒をセレクトでき、満月の月見酒をオーダーした。
しばらくして何の変哲もない無色透明な水割りが、お通しの月見団子とともに出てきた。ただ、驚くべき光景はこれからだ。
明るい店内を真っ暗にすると、月見酒の入ったグラスの中で満月が美しく輝いていた。耳を澄ますと、さわさわと風で揺れるススキの音が聞こえ、冷涼な一陣の風が店内を吹き抜けた。
月見酒を一口啜ると、月面で餅を搗く兎たちの情景が脳裏を駆けめぐった。
風流で楽しい月見酒で心地よく酔いがまわってくる。
店を出ると、夜空にブルームーンが青白く輝いていた。
その他
公開:20/10/31 20:03
満月 月見 新月 三日月 上弦 下弦 ブルームーン

SHUZO( 東京 )

1975年奈良県生駒市生まれ。奈良市で育つ。同志社大学経済学部卒業、慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
田丸雅智先生の作品に衝撃を受け、通勤中や休日などで創作活動に励む。
『ショートショートガーデン』で初めて自作「ネコカー」(2019年6月13日)を発表。
読んでくださった方の琴線に触れるような作品を紡ぎだすことが目標。
2022年3月26日に東京・駒場の日本近代文学館で行われた『ショートショート朗読ライブ』にて自作「寝溜め袋」「仕掛け絵本」「大輪の虹列車」が採用される。

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