山を越えろ

6
11

競技場は静まり返っていた。
心臓の鼓動だけが聞こえる。観客席には、父と母の姿が見えた。

目の前に、走り高跳びのバーがある。

審判が合図の旗を上げた。
僕はゆっくりと右手を挙げる。

一度目と二度目は、わずかなところでバーを落としてしまった。今度失敗すると、ルールにより失格となる。

よし!
絶好のスタートを切った。踏み切りの位置を確かめ、加速していく。

今だ!
身体が宙を舞った。

マットに着地すると、バーを確認する。そのままの状態を保っていた。

緊張がほぐれ、だんだんと意識が遠のいていく。

次に目が覚めると、ベッドの上だった。
飾りのない、真っ白な部屋だ。たくさんの機械が僕を囲んでいる。

母が心配そうに顔を覗きこむ。
「やっと気がついたのね」

何のことだか、さっぱり分からない。

「昨日の晩、危篤だったのよ」

そうか。
僕はあの時、山を越えたんだ。
その他
公開:20/08/13 00:42
空想競技

ろっさ( 大阪府 )

短い物書き。
皆さんの「面白かったよ!」が何よりも励みになります。誰かの心に届く作品を書いていきたいです。

54字の物語・更新情報はTwitterでチェック! ぜひ遊びに来てください。
https://twitter.com/leyenda_rosa

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容