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 勤務先の自社ビルの玄関の前で、彼女を群衆が取り囲んだ。その多くがカメラのレンズを彼女に向け、盛んにシャッターを切っている。中には携帯電話を取り出してやかましく話し始める者もいた。社に連絡している雑誌記者だろうか。
 多くの人が行き交う昼間だったこともあり、野次馬はすぐに大きな人垣を作った。うす目をあけてその様子を伺おうともしてみた彼女だったが、すぐに正面からフラッシュを浴びせられ、到底直視できなかった。逃げ出そうにも、もはや身動きがとれない。
(何よ。今まで私のことを気にかけてくれた人なんて誰もいなかったのに)
一騒動起こせばすぐこれかと、彼女自身、大衆の気まぐれに辟易させられる思いがした。
「しかし酷いもんだなあ」
 通行人の一人が呟いた。彼の嘆息も無理はなかった。これだけの野次馬が集まっていながら、ビルの屋上から身投げし倒れている彼女を助けようとする者は、ろくにいなかったからである。
その他
公開:20/08/10 20:39

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