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薬嫌いの幼い私のために、母はよく水に溶いて飲ませてくれました。
うっすらと白く濁った水が母の白い手でかき混ぜられ、やがて透き通ってくるころ、水の表面にはいつもある影が浮かんでいました。
髪を結い、ひげを生やし、着物をゆるく纏った人の影でした。
母は決まってこう言いました。
「タケルさん、それは華佗よ。唐土のお医者さまですよ。華佗の浮かんだ水を飲むと、必ず治るそうですよ」
弱い子を健康にしたい一心だったのでしょう。母の真剣な口調に気圧され、私は水面の影ごと飲み干しました。

なんども華佗の影を飲み干すうちに、私はしだいに寝つくこともなくなり、他の子どもたちのように、いいえ、それ以上に丈夫になったのでした。

爆風で飛ばされて、息も絶え絶えの私に戦友が差し出した水。私は華佗を探しました。泥水はただ茶色くて、その姿はありません。
そう、戦場には澄んだ水などないのです。それをかき回す白い手も。
その他
公開:20/08/09 23:38

工房ナカムラ( ちほう )

ボケ防止にショートショートを作ります

第二回 「尾道てのひら怪談」で大賞と佳作いただきました。嬉!驚!という感じです。
よければサイトに公開されたので読んでやってください。

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