迎え火

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「溺れたっていい」
眠れぬ夏の夜。参道にあるマンションの屋上で叫んでいる女がいる。
本堂の格子窓から覗き見るその女はサブリミナル的な明滅を繰り返していて、姿が見えたり見えなかったりその姿も半裸であったり襦袢姿であったり、体が透けて輪郭だけが揺れたかと思えば、次の瞬きで黄緑色の狐火が蛍のように乱舞して、その行方を三つ目で追ううちに、私は森に沈み深海を歩いた。底なしの映像に溺れるような明滅は熱帯夜の幻なのだろうか。
私の髪や頬を撫でる女の柔らかい指の感触や、甘いジャスミンと葉巻のかおり、艶めいた吐息、私の中に芽生えた得体の知れない女への恋心と疼き。それを鎮める僧侶たちの重い読経が静かに身体に沁み渡り、それでも私は本堂の外を知りたいと思った。
しゃく。しゃくしゃく。
新月の空を西瓜のように食べた女は不意に私にキスをして、吐き出す種を流星にした。
残された甘く冷たいくちびるだけが現世の証。盆の夜。
公開:20/08/05 17:46

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