ティンパニ奏者の天職

2
3

会場内の空気はオーケストラの奏でる美しい音色で震えていた。
今日が初舞台となる指揮者の激しいタクトの振りが気になるが、彼に応えるようマレットを握る手が汗ばむ。
さあラストスパート。クレッシェンドの山を登り、頂上で両手を広げるイメージで連打…が、指揮者の口が『あ』とスローモーションで開き、私の瞳孔も全開になる。タクトがこちらに飛んでくるではないか。
危ないっ!
タクトは目の前にいるコントラバス奏者のカチカチに固められた七三頭に刺さり、同時に曲はフィニッシュを迎えた。

この一件をきっかけに、先端恐怖症となった私はオーケストラを去ることにした。
さて、新しい職はどうしたものか。
体はマレットを振る動きに愛着を持ち、歩きながらつい両手を動かしていると、見知らぬ男性に「君、うちで働かないか?」と声をかけられた。
お陰で私はマレットを判子に持ち替え、役所で山積みの書類を捌く天職に転職できたのである。
ファンタジー
公開:20/08/03 09:06

森川 雨

ショートショートには不向きな書き方かもしれませんが、こちらで修行させていただきたくお邪魔しました。

よろしくお願いします。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容