南十字星をひとくち

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「迷っているのか」
背後から男の声がする。僕はどこかの屋根の上、星空の下で膝を抱えている。振り向くとスーツを着た人間がインコの頭を乗せ、丸い漆黒の瞳で見下ろしていた。
「そうだね」
何に迷っているのか、自分でもよく分からないが、そう聞かれたら何かに迷っている気がした。
男はネクタイをするすると解き、ピシャリと空に向けて鞭打つ。乾いた音をさせながら石が転がり、それを僕の口に放ると体内で膨れ上がった窮余の一策が溢れ出して嘔吐した。
「船乗りが方角を見失った時は、南十字星が案内してくれるんだ。今のお前に必要な指針さ」
止まらない嘔吐と涙の向こうで、男の姿はうやむやに霞んでいく…。


目を覚ますと両親が泣いていた。僕は睡眠薬を大量に飲んでこの世と決別しようとしたのだ。だが『生きたい』という気持ちが捨てきれず、死ぬ事を迷っていたのだと気づく。
部屋の隅では鳥籠のインコが、やけにうるさく鳴いていた。
ファンタジー
公開:20/08/01 08:51

森川 雨

ショートショートには不向きな書き方かもしれませんが、こちらで修行させていただきたくお邪魔しました。

よろしくお願いします。

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