三日月

煙草を咥えベランダに出ると空に美しい三日月が浮かんでいた。
それをぼんやりと眺めていると三日月は周囲の星々の輝きを吸い込み始めた。
いいや…あれは吸い込むなんてものじゃない。食っていた。
三日月の端からぽろぽろと細かい光の屑が零れる。それすらも舌で唇を舐め取るかの如く掠め取る。
三日月は尚も動く。動く度に周囲から光が消える。夜空の”黒”から無の”黒”へと変わって行く。
私はそれを眺める事しか出来なかった。
やがて三日月は満足したように「げふっ…」と言うと、すーっと消え去った。
点けっぱなしのテレビから『今夜は新月です』と話すアナウンサーに私は眩暈を起こした。
恐る恐る夜空を見上げると、無の”黒”へ鳥が、蝶が、翼を持つ生き物が吸い込まれていく。
やがて私の体も煙草の煙同様、”黒”へと吸い込まれていく。私は抗わない。
この世界はもうすぐ終わる。私は一足先に”黒”へ行き、その様子を見るとしよう。