スロー銀行

8
4

この銀行に、両替に来たお客は、みんな牛歩する。
「一一四番の方、おまたせしました」
五才の男の子連れのお母さんが、笑顔で待合椅子を立ち上がった。それから一歩、踏み出すのに三秒。一歩、踏み出すのに三秒かける。お母さんが五歩歩くまでに、男の子は、お母さんと窓口の間を五往復した。
「お母さん、たいくつ!」
「タイムイズマネー。急がないの!」
三分かけて、お母さんは窓口に着いた。受付が、おっとりとした口調で言う。
「一一四番様の一万円の御両替。いくらになりました?」
受付の後ろで、忙しくキーボードを叩く係が、三つあるモニタを見て言った。
「二万三千円!」
おおお! 待合席で待つ大勢から、どよめきが上がった。今日、最高の値上がり幅だ。さすがカリスマデイトレーダー。客が席から窓口に来るまでの間に、これだけの額を稼いでくれるとは。

だから、この銀行の待合椅子では、いつもゆったりとした時間が流れている。
その他
公開:20/07/27 18:40

久保田 人月

よろしくお願いします。
note「久保田正毅」でも、ショートショートをシェアしています。

コメント投稿フォーム

違反報告連絡フォーム


お名前

違反の内容