はんきゅうでんしゃ

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先頭車両に跳びのった。大きなガラス窓から前方がよく見える。線路がまっすぐに伸びる。ふとみると横に四、五歳の男児が首を伸ばしガラスに貼りついている。乳飲み児を抱きかかえた母親がベビーカーを支えて立っている。
振動に揺られて思い出す。私もかつて小さな子と妻を連れて電車に乗っていた。先頭車両で前を見ていたものだった。
「この子はほんまに電車が好きや」と母親はひとり言を言う。
男児は線路脇の点滅信号をみては「しんごう」とか、対向電車には「はんきゅうでんしゃ」とか言う。
電車は緩くカーブする。

もっと昔に、誰かに連れられて私が首を伸ばしてガラスに貼りついていた。誰だったろうか。

小さな駅に停車した。男児は母親に手を引かれて降りてゆく。ベビーカーを押す母親の後ろ姿がみえた。親子はホームから階段を降りて電車の前を渡る。
陽光が男児の顔を照らした。それはずっと昔の私だった。なんてことがあるはずはない。
その他
公開:20/07/27 08:52

たちばな( 東京 )

2020年2月24日から参加しています。
タイトル画像では自作のペインティング、ドローイング、コラージュなどをみていただいています。
よろしくお願いします。

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