まどろむマドレーヌ

結婚生活１０年。子供はいない。結婚したばかりの頃は、妻と衝突も少なくなかったが、喧嘩をするたび、どちらともなく近くの洋菓子店のマドレーヌを買った。食べれば不思議と仲直りができた。

齧ってみる。味はしない。そこで夢だと気づく。このまま覚めないで欲しい。そう思った。

リビングテーブルに結婚指輪と離婚届。妻の欄は記名済みだ。

何かがあったわけではない。きっかけはいくらでもあって、気付かないふりをしていた。あの時ああしていれば。もっとちゃんと話をしていれば。後悔が心を染めていく。

－－ピンポーン

宅配のようだ。差出人はあの洋菓子店。「結婚１０周年おめでとうございます。」のメッセージカードが入った包みを開けると、マドレーヌが顔を出す。

玄関を飛び出してバイクにキーを乱暴に捩じ込んだ。

最後でもいい。今更かもしれない。それでも…
今はただマドレーヌを一緒に妻と食べたかった。