パウロの動く像

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二度目のローマ。そして最後の一人旅、になる予定だった。
その日、杏は念願の大聖堂を堪能して満足し、ひとり最後の夜を迎えていた。市国の城壁を目の前に望むホテルの自室で、ウイスキーをちびちび飲みながら風に揺れるカーテンを眺めていると、こんこん、とノックの音が聴こえた。
返事をしてドアを開けると、剣を構えた等身大の石像が目の前に立ち塞がっていた。
「ふあ?」
呆けたような声を出して後ろに退く杏に、そのままくっついて像は部屋に上がり込んできた。
「ちょ、ちょちょちょ」
「私はパウロだ。君、ちょっと動かないでね」
一閃。何が起きたのかわからぬ間に、両目から鱗のようなものが床に落ちた。
「じゃあね」
そう言って石像は去った。しばらくぽかんとしていたが、杏は不意に悟った。

辞めよう、結婚。

イケメンだし、年収は高いけど旅行嫌いで、そういえば、そんなに好きじゃない。
小さく息を吐くと、笑みがこぼれた。
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公開:20/09/20 07:00

レオニード貴海( 某海なし県 )

さまようアラフォー主夫

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