地下鉄

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新感染症対策のため開け放たれた、列車の窓の真っ黒な上部からは、ぬるい、そして強く圧のある風が吹き込んでくる。
ゴォォ、車輪の擦れるキーンという高い音とトンネルのうねりが車内に充満し、次の駅名を告げる車掌のアナウンスはかすれ、イヤホンの中のボーカルはかすれ、キュウと潰されてぐたぐたになった音たちの渦に私は巻かれた。
ポップスが聴こえなくなったので手持ち無沙汰に窓の外に目を凝らすと、黒いだけと思っていた壁にたくさんはりついている。石なので、裏側にはやはりびっしりと居るもんなんだろう。
風が絶え間なくトンネル内の空気を攪拌すると、ぺりぺりと剥がされたものたちは踊り狂い、楽しげに乗客の頬を叩いてまわる。
このガラス一枚で、私たちは守られていたのだと思った。
ドアが開き、持ち場へとしずしず進んでいく会社員たちの丸まった背中に、一人につき一人ずつ、薄い笑いを浮かべたものたちがおぶわれているのを見た。
ファンタジー
公開:20/09/15 22:29
更新:20/09/15 22:38

つゆ

森絵都さんの『ショート・トリップ』が大好きです。

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