ナビゲーター

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『ルートを外れました。正規のルートに戻って下さい』
自動車のナビゲーションが何度目かのルート変更をする。
もう何年も父と顔を合わせていない。母とは定期的に電話や手紙でやり取りしていたが、父とは昔から馬が合わず、就職を期に家を出た以来五年も家に帰っていなかった。
「お父さんね、ちょっと気が弱くなってるだけなんだけどね」
父の入院を知りながらも普段無口な父から放たれる正論を思い出すと山道の手前で曲がってしまう。
『新たなルートを検索します』
家を帰るにはこの山道を通らねばならない。先程から山道の近くをウロウロしていた。
「弘志、帰ってこんでもいいぞ」
家を出る日に爪を切る父の丸い背中を思い出す。
「本心じゃないその一言をずっと後悔してるのよ」
『次の信号を右です』
「謝る機会を作ってくれない?」
ナビゲーションと母の声を飲みこみ、山道へ入る。町を出る時に暗く感じた山道が、今は光って見えた。
その他
公開:20/09/14 12:37

射谷 友里

射谷 友里(いてや ゆり)と申します
十年以上前に赤川仁洋さん運営のWeb総合文芸誌「文華」に同名で投稿していました。もう一度小説を書くことに挑戦したくなりこちらで修行中です。感想頂けると嬉しいです。宜しくお願いします。

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