蝶の行方

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「帰蝶、来てくれたか」
無様な姿だった。
強敵今川義元を破ったとは思えぬ体たらくである。
夫も下馬して戦い、そのさなかで鉄砲玉が胴に当たり、半年経った今、傷口に『毒』が溢れた。
「これから尾張を統一しようというのに……少し無理をしすぎたのか」
「寡兵で大軍に挑んだのだから、怪我をしないほうが不思議ですよ」
「うむ……確かにそうだ」
気弱になっているのが目に見えて明らかで、話に張り合いがない。
「わしも、もう長くない」
ふと、夫の目が一瞬だけ、鬼の類に見えた。
「帰蝶よ。お前に頼みがある」
夫は私にとっての良き理解者で、夫にとっての私もそうだった。
「お前にしか頼めないことだ」
そんな夫の、今際の際の眼光を見て、鬼だと思うなど、我ながら只事ではない。
「初めて会ったときから、お前はわしに、よう似とると思っとった」
予感した。全てが変わると。
「帰蝶よ」

「お前が、織田三郎信長になれ」
その他
公開:20/09/10 21:09

加賀守 崇緒( 猫屋敷 )

気まぐれなハチワレ猫です。
頭抱えながら文章を考えてます。
スイカと芋と肉と魚に、お米とお酒、ブドウが好き。
よろしくお願いします。

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