水を得た魚

黒のラインがピョコピョコはねている。不器用で私みたい。
―ペンギンテトラですよ。斜め上に泳ぐ習性があるんです。

観賞魚店の店員の声に遥奈は我に返る。魚なのにペンギン。名前を知ると一層可笑しかった。足元の「イキイキセット」と書かれた箱が気になり尋ねると、魚ではなく人間用だという。箱には、小瓶と小さな鰭が入っていた。鰭をつけて瓶の水を一滴たらすと、どんな場所でも水を得た魚のようにイキイキできるという。

会社のトイレで鰭をつけ会議室に小瓶の水を一滴たらすと、体の重さが消えて水中を漂う魚になった。陽をうけて水面が白くゆらゆらしている。拍手が聞こえた時、遥奈は笑顔でプレゼン資料の最終ページの前に立っていた。
1年後
大事なプレゼンの日、いつも通り小瓶を傾けるも雫が出ない。集中！と目を閉じるとあの日のペンギンテトラが見えた。自ら作った水の中、遥菜は泳ぐ。ペンギンテトラと一緒に、ピョコピョコと。