Runner　＆　Intimidator　前編

『…自宅から母親の待つ実家まで約50ｷﾛ、3時間で走破してください。時間経過、棄権、誰かに助けを求めたら――あなたの母親を殺します…そこのイヤホンとスマートウォッチを装着した時点でレースの開始です。…軽率な行動は慎んでくださいね』
　機械的な音声が女に命じた。女は心の中で歯軋りをしたが、無言のまま、パニックになることなく――玄関を飛び出した。

『残り40ｷﾛ。"元・メダリスト候補"さんは、なぜ競技を引退されたのですか？』
　汗にまみれた女は「知らない」とだけ答えた。
『監督やコーチからのセクハラやパワハラが原因では？　悔しくはなかったのですか？』
「知らない…私が弱かっただけ」
　それが、女の出した結論のすべてだった。
『すごい人だ…あなたは…』

『残り30ｷﾛ。生活は苦しくはないのですか？　援助でもしましょうか？』
　自販機で買った水を頭に浴び、女は小さな声で呟いた。
「くたばれ…」