壁を越える

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 僕の住む街は、立派な壁に囲まれていた。石で組んだ高い壁。
 きれいな水、透き通った空、美しい街並み。昔大きな戦争の後で、みんなで力を合わせて作った街だという。
 壁の向こうには、何もない、と父は言っていた。

 ある日、僕は、壁沿いを歩いていた。
 空には鳥が飛んでいる。僕は鳥になりたかった。壁の向こうへ行くことは禁じられている。
 目をつむり耳を澄ませていると、声が聞こえた。
 笑い声だった。
 壁の向こうから聞こえている、ようだ。僕は壁を登り始めた。

 壁を登り切り、向こう側へ降りる。
 街の外。
 荒野だった。誰もいない。生き物が住める世界ではない。
 では、あの笑い声は?
 僕はまた耳を澄ます。笑い声はまだ聞こえた。僕の背中から。壁に手を添える。
 あははは。あはは。ゆるさんぞ。あはは。おい。
 無数の声は、壁の中から聞こえていた。僕はその日以来、壁には近寄らなくなった。
ファンタジー
公開:20/09/01 20:46

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