網にかかるとき

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その電車は大きな川を渡る鉄橋の上で緊急停止した。この先の線路に人が立ち入り、感染症の終息を祈りはじめたのだという。
困ったことだ。ありがたいことだ。何故その場所で。いったい誰が。車内はしばらく騒然としていたが、乗客は疎らな夏の終わりの昼下がり。一部のおばさまたちは怖い顔で協議を続けていたが、それもしばらくすると飽きたのか、それぞれが席に戻ってぼんやりを取り戻していく。
換気のために開けてある窓から、秋の気配を含んだ川風が入る。
私はたまたま釣り竿を持ち歩いていたものだから、その窓から釣り糸を垂らした。鮎が釣れたら最高だ。私は国際手配されている身。運転再開など必要ないと思った。
週刊誌の中吊り広告には水着姿の女性が笑っていて、その肩に一匹の蚊がとまっている。日が暮れても電車は動かず、釣果もなく、女性の肩だけがぷっくりと腫れた。
翌朝目覚めると乗客は消えていて、私の取り調べが遠隔ではじまった。
公開:20/09/01 12:02

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