ＭＴＢ

　水道工事で通勤路を迂回した夜、その道は激坂の林道で、真っ暗な坂をただ下だけを見て、自転車を漕いで上ってた。
　――ＭＴＢならもっと楽に登れるのに、って思ってたら、急にペダルが軽くなって右足が滑った。つま先をついて何とか持ちこたえたよ。ベコッていう感触がしたのと、横にでかい紫陽花があったのを覚えてる。
　朦朧となって帰宅したら右の靴がなくてさ。熱中症だったのかな、なんて思ってたら、家に警官が来た。
　俺が自転車で自動車の上に乗って凹ませたって。で、有無を言わさず現場に連れてかれたよ。自転車も積んでさ。
　あの紫陽花のところだった。ホンダフィットのリアガラスから屋根を通ってボンネットまでタイヤ痕があって、屋根に靴が片方あったんだと。それは俺の靴だった。
　でも、タイヤの跡は俺の自転車と一致しなかった。
　自転車は一台しか持ってない。って信じてもらって俺は無罪放免になった。
　話はそれだけさ。