酔篝(よいかがり)-9

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逆方向の帰り道。また微妙な距離の空いたまま、山尾のアパート目指して歩いた。
「律義に送ってくれなくていいのに」
「女一人で夜道帰せってのか」
「四十半ばの、地味でブスなババアでも?」
「この暗さじゃ見分け付かねぇよ」
山尾がクッと笑った。鼻に掛かるハスキーボイス。最初の時、思わずぞくっとした。今更過ぎるけど、あの声でもう俺は落ちてた。
「引っ越し、いつ?」
「明日。八月一日」
今度こそ最後。
言いたい事は何も言ってないのに。母親の話なんか気にしてないとか、あんたは地味でもブスでもババアでもないとか、もし叶うんなら、最初の最初からやり直したいとか。でも、ほんとは先生と生徒じゃなくて――

何も言えずアパートに着いた。
「ありがとう、鹿野君。向こうでもしっかりね」
階段の前で山尾が手を振った。街灯の下は、あの花影の色に染まってた。
「ながながし夜を、ひとりかも寝む」
一段上った草履が止まった。
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公開:20/06/18 23:00

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書きもどきをしております。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.13執筆&編集
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞 2022年6月作品集出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞
第二回ひなた短編文学賞 双葉町長賞

いつも本当にありがとうございます!

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