役者魂

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 谷本徹郎は舞台役者を続けてきた56歳である。彼の名を知る人は決して多くはないが、彼は役者という仕事と懸命に向き合い妥協をしたことはない。
 彼はあるホラー映画でゾンビの役をして欲しいと頼まれた。彼は依頼があればどんな役でも引き受ける。特殊メイクを施して、人ならざる亡者となり、カメラの前に立った。
「アクション!」
 彼は人間の本来の関節の動きを無視した奇怪な動きで主人公の女に襲いかかった。ところが血塗れた床に足を滑らし、捕え損ねて合板の壁を頭で突き破る。それでもなお女に食いかかろうと建材の破片に噛み付き、歯茎を血で滲ませた。
「はい、カット!」
 我ながら迫真の演技であったと思う。
 女役の棒読み素人アイドルが監督に言った。
「すみません、私セリフ間違えちゃいましたぁ」
 谷本は歯茎の血をティッシュで拭きながら、無言で元の位置に戻った。何度だって壁を突き破ってやる。それが、役者魂だ!
その他
公開:20/06/19 21:48
更新:20/06/19 21:50

水素カフェ( 東京 )

 

最近は小説以外にもお絵描きやゲームシナリオの執筆など創作の幅を広げており、相対的にSS投稿が遅くなっております。…スミマセン。
あれやこれやとやりたいことが多すぎて大変です…。

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