工房で待つ

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海が近いのだろうか。この部屋のベランダにはときおり水鳥がやってくる。テレビやラジオはなく、タンスや冷蔵庫もなく、20畳ほどの板張りの部屋には大きなこけしが点在していて、床にはシリカゲルの粒が無数に散らばっている。聴こえるのは換気扇の音だけ。私は部屋の中央にある柱に立ったまま縛られていて、両手はもう長く後頭部で組まされている。声をあげたところで助けてくれる人はなく、しばらくはあったしびれや痛みも消えて、今はもう腕がつながっている感覚はない。人はこうしていろんなことを忘れていくのだろう。腕があったこと。夢があったこと。大切な人がいたことを。
日に一度、西陽が射すと眠気に襲われて、目が醒めるとなぜか床にシリカゲルの粒が増えている。聴こえるのは換気扇の音だけ。もうすぐ私は喉の渇きすら忘れてしまうだろう。あなたを忘れてしまうだろう。この星を捨てたすべての者たちよ。遠い未来に私を抱きしめてほしい。
公開:20/06/14 08:47
更新:21/08/23 17:16

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