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 私は影が好きだった。ひそやかにアスファルトに映る木々の影。いつも私のあとを忍び足でついてくる影。光は眩しすぎる、影がいい。 

 影はある日突然喋った。

「私のほうが本体になっていい?」 

 私はすこし考えた。私のいまの生き方は影みたいなものだ。いつも彼からの連絡を待っている女。いつもこそこそとホテルにはいっては抱かれてそのまま帰される女。私は影だ。影こそが私だ。

「どうぞ」

 私は影に言った。影は笑っているように見えた。そして私の口からはいってきて体中を満たした。

 指先を見るとすこし薄黒くなっている気もした。私は顔を撫でた。みるみる顔が黒くなっていく。私の顔はとけてなくなった。観光地によくある顔だけくり抜いたパネルみたいだ。

「私はもう影になったの?」

 私は私のなかの影に訊いた。でも答えはかえってこなかった。きっともう完全に同化してしまったのだろうから。
その他
公開:20/06/13 01:39
更新:24/05/15 10:39

千億アルマ( Tokyo, Japan )

Senoku ALMA
https://note.com/shiro_mid

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