仮想水葬

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「君の涙を僕に下さい」
そう言って目蓋に口付けた、それが彼のプロポーズでした。
仮想水と言うのですって。野菜や家畜を育てるのに費やす水。国や地域を越えて、生産物が移動する時、その水も境を越えると考える。始終泣いてばかりの私を、案じての事だったと思うのですけれど。
「これから流す、君の涙を全部下さい」
その時も私は泣きながら頷いて。
彼の唇が触れた時、涙は止まりました。

以来、私は泣かなくなりました。
目尻に滲んだ雫さえ、瞬く間に乾くのです。堰き止められた悲しみ痛みも、潮の引く様に遠くなって、穏やかに微笑む彼の横、私も気付けば笑っていました。


彼の死因は溺死でした。
二人分引き受けて、溜まりに溜まった涙の海が、後から後から亡骸の目を伝い、棺を満たしていきます。半分は私の涙だとしても、泣けなくなった私には、泣き止み方も分からないのです。
明日にはきっと、部屋ごと涙没しているでしょう。
ファンタジー
公開:20/06/13 01:33
仮想水 ヴァーチャルウォーター

創樹( 富山 )

創樹(もとき)と申します。
前職は花屋。現在は葬祭系の生花事業部に勤務の傍ら、物書き(もどき)をしております。
小石 創樹(こいわ もとき)名にて、AmazonでKindle書籍を出版中。ご興味をお持ちの方、よろしければ覗いてやって下さい。
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ベリーショートショートマガジン『ベリショーズ』
Light・Vol.6~Vol.12執筆参加
他、note/monogatary/小説家になろう など投稿サイトに出没。

【直近の受賞歴】
第一回小鳥書房文学賞入賞。2022年6月アンソロジー出版
愛媛新聞超ショートショートコンテスト2022 特別賞受賞

いつも本当にありがとうございます!

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