記憶の利息

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その少年にとって、人生は楽しいものではなかった。
正確に言えば、楽しいことは日々溢れていた。それを記憶銀行にせっせと預けていたので、楽しいと思える記憶が少年の脳の中になかったのである。例えば旅行で出会った美しい風景を写真に納めても、それを後に見て楽しかったとは思えない。楽しい記憶がないだけで、その風景に出会うまでの苦労や、道中のトラブルなどはよく覚えている。

少年はやがて青年になり、家族を設けた。彼の妻も記憶銀行の愛用者だったので楽しい思い出が共有できなくても問題なかった。

子供たちは自立し、彼ら夫婦は老齢期を迎えた。ある日、妻から提案があった。
「ねえ、そろそろ私たちの記憶を引き出しにいかない?もう私たちもいい年だしそろそろ思い出しておきたいの」
「そうだな、いい頃だ」

彼らは記憶を引き出した。そして長年貯めた記憶に加え、たっぷり付いた記憶の利息を味わいながら人生の終盤を過ごした。
SF
公開:20/06/06 23:20

ゆるき

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